2010年6月アーカイブ

日本でも岐阜県から、およそ二億年前の化石が見つかっている。

しかし、哺乳類の時代、新生代になると、だんだんと衰えて、現在では深海に約二〇種が生存しているにすぎない。

中生代から新生代にかけて魚やカニ、新しいタイプの貝類が勢力をのばし、原始的な形のオキナエビス類は、それらとの生存競争に負けて、深海で細々と生き長らえるようになったと考える研究者もいる。

現在、相模湾はオキナエビスの生息する場所として世界的に知られている。

生きている化石は大昔の姿を今も残している生きものである。

そして、生きている化石を研究することによって、大昔の生きものがどのように生活していたかを知ることができる。

つまり、生きている化石は進化の謎を解くカギであり、わたしたちの貴重な財産なのである。

一〇〇年ほど前のことである。相模湾に面した東京大学臨海実験所に、熊さん(青木熊吉氏)という名採集人がいた。

当時の東大教授を通じて大英博物館からオキナエビスの仲間の採集を依頼された熊さんは、数か月かけて、やっと生きた一個体を採集し、東京へ駆けつけた。

教授は褒美として熊さんに三〇円(当時の東京市内の一戸建の家賃が月に約四〇銭)を与えた。

熊さんは「長者になった」と大喜びし、「名前はどうするか」と聞く教授に「長者貝はどうか」と答えた。

以来、今でもオキナエビスはチョウジャガイの別名でも知られている。

オキナエビスの仲間は、今から五億年以上も昔の古生代カンブリア紀に出現した。

そして、古生代から、恐竜の時代、中生代にかけて大繁栄をした。